プライベートライフについて

生まれてから今日までの私、「高橋比奈子」の今日までの一部をご紹介します。

その1盛岡生まれ? その2子供の頃の話

test 1958年、九戸村の伊保内病院で産声を上げました。2歳まで、城内(現:盛岡市玉山区)の方々に可愛がっていただき、感謝しております。

test 3歳から母が盛岡市立浅岸小学校に勤務、兄は盛岡市立仁王小学校に通っていました。私は、教員住宅(現:浅岸公民館)で浅岸の方々に面倒を見ていただきました。

その3実は…
チェック卵アレルギーなんです。 チェック小児ぜんそく

生卵を離乳食で与えていい時期より前に食べさせたとかで、すごい湿疹がでたとか…。今でも卵で目がかゆくなったりします。

風邪をひいたとき、おんぶしてもらいオートバイで浅岸に行き、ぜんそくになってしまったとか。冬になるとぜんそくで入院していました。

チェック比奈子の名前の由来は…

ひなのように可愛らしくすくすくと、奈良のように雅やかに奥ゆかしく…と、祖母の横田チエが命名したとのこと。

その4習い事大好き!

黒沢バレエスタジオに8年間通っていました。その間、西城ピアノ教室の先生で1年間ピアノを習い、高校の時はお琴を習っていました。(生田流)
岩手きもの学院TVIアカデミー(TVI■■さんのすすめで…)
盛岡市議会議員の時、盛岡八幡宮で雅楽を習いました。最近では和音(盛岡発進のお琴)を習い始め、(たまーに電話してから行っています。)そしてこれからは、美雲社で書道を習いたい!

その5一大転機 その5高校時代

test 大学の時、母がガンを宣告されました。母の病気を治すために兄が約100冊の本を読破し見つけた、葛巻出身の東城百合子さんの著書「家庭でできる自然療法」「食生活が人生を変える」に共感し、健康を考える食事に目を向けるようになりました。そこから、それを支える農業や、とりまく環境へと興味が広がりました。

test 実は、高校時代あと3日休んでしまうと留年になりそうになって、修学旅行に行けませんでした。受験勉強もながらはんじゃく(中途半端)なまま、浪人をしたのです。半年間は盛岡の予備校に通いながら、喫茶ママでアルバイトをし、その後、東京の代々木ゼミナールへ通いました。

その5日本大学芸術学部放送学科を選んだきっかけ

test 野球が大好きな私は、プロ野球の実況をしたいと思い、日本大学芸術学部放送学科へ進学。当時、東京の大学に行くのを両親に反対されましたが、「たとえ好きな人が出来ても必ず岩手に帰る」と約束し、入学させてもらいました。その後、テレビ岩手に就職。もしそこに就職していなければ、今の私はなかったと感じ、感謝しています。

その6結婚したきっかけ その7議員になったきっかけ

結婚したきっかけ 私の父と石やの父(高橋石材店)は親友でした。結婚式の司会を頼まれたとき、今は亡き夫である高橋康之が出席していました。その後、5~6回お会いし、父同士で「結婚させる」と言い出していました。その頃、母のガンも再発し、病状を考えた上で、知り合って4ヶ月で結婚式を挙げました。母の入院先の病院に、打掛けとウェディングドレスで2回訪れ、花嫁姿を見せてあげました。

議員になったきっかけ 父が議員を辞めるとき、父個人の後援会『横田会』(石やの父も入っていた)の方から、「次は比奈ちゃんだ!」と。それを聞いた石やの父は、「比奈子さんが嫁にきた時から、次はおめはんだと思ってた。孫の面倒見てやるから、やるんしぇ」と言っていただき、たくさん応援していただきました。高橋石材店に嫁がなければ、今、議員になっていなかったと思っています。
比奈子ストーリー(生い立ち編) 
その8たくさんの方との出会い
チェック船井幸雄先生 チェック東城百合子先生

船井先生のおかげで、「あきらめない」という生き方が身につきました。県庁所在地で日本一高かった盛岡市の保育料を引き下げしようと活動していましたが、なかなか目処が立たず、弱音を吐いていたとき、船井先生が「思いが足りない!!あきらめたら何も変わらない!」と一言。その後、その一言がきっかけとなり、あらゆるところで活動し、皆さんのご協力をいただいて引き下げが実現できました。

今の私の考え方の根本になった方です。日本の良さ、岩手のすばらしさと、何があっても相手を責めず、自分で対応することなど、たくさんの事を学ばせていただきました。

チェックEMの開発者の比嘉照夫先生

EMは、世界150ヶ国以上で使われ、地球温暖化の対応も可能なすばらしい資材です。これからも、NPO法人Uネット岩手でその良さをお伝えしたいと思っています。

その他、身土不二の小さな野菜畑の小島さん、北海道の本田先生、
アレルギーの会の仲間たち…波動の江本学先生。ご縁のあるすべての方々に感謝申し上げます。

test 皆さんも様々なご苦労を今日まで重ねていらっしゃると存じます。
私も、これまでにたくさんのことを乗り越えてきました。
それも「マイナスをプラスに変える」という考え方に
活かされていければと思っております。
お力添えを下さっている皆様、これまでご縁のあったすべての方々に、
心から感謝の気持ちをお伝え申し上げます。