生まれてから今日までの私、「高橋比奈子」の今日までの一部をご紹介します。
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生卵を離乳食で与えていい時期より前に食べさせたとかで、すごい湿疹がでたとか…。今でも卵で目がかゆくなったりします。 |
風邪をひいたとき、おんぶしてもらいオートバイで浅岸に行き、ぜんそくになってしまったとか。冬になるとぜんそくで入院していました。 |
ひなのように可愛らしくすくすくと、奈良のように雅やかに奥ゆかしく…と、祖母の横田チエが命名したとのこと。 |
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父が議員を辞めるとき、父個人の後援会『横田会』(石やの父も入っていた)の方から、「次は比奈ちゃんだ!」と。それを聞いた石やの父は、「比奈子さんが嫁にきた時から、次はおめはんだと思ってた。孫の面倒見てやるから、やるんしぇ」と言っていただき、たくさん応援していただきました。高橋石材店に嫁がなければ、今、議員になっていなかったと思っています。 |
船井先生のおかげで、「あきらめない」という生き方が身につきました。県庁所在地で日本一高かった盛岡市の保育料を引き下げしようと活動していましたが、なかなか目処が立たず、弱音を吐いていたとき、船井先生が「思いが足りない!!あきらめたら何も変わらない!」と一言。その後、その一言がきっかけとなり、あらゆるところで活動し、皆さんのご協力をいただいて引き下げが実現できました。 |
今の私の考え方の根本になった方です。日本の良さ、岩手のすばらしさと、何があっても相手を責めず、自分で対応することなど、たくさんの事を学ばせていただきました。 |
EMは、世界150ヶ国以上で使われ、地球温暖化の対応も可能なすばらしい資材です。これからも、NPO法人Uネット岩手でその良さをお伝えしたいと思っています。 |
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その他、身土不二の小さな野菜畑の小島さん、北海道の本田先生、 |
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